資料区分 |
県史複製 |
請求番号 |
H80-9-3近世 |
文書群名 |
宝珠寺文書 |
伝存地 |
赤堀町(現伊勢崎市) |
出所 |
曹洞宗 宝珠寺 |
地名 |
佐位郡今井村(近世~)/佐位郡赤堀村大字今井(明治22年~)/佐波郡赤堀村大字今井(明治29年~)/佐波郡赤堀町大字今井(昭和61年~)/伊勢崎市赤堀町今井(平成17年~) |
旧支配 |
はじめ幕府領/寛永8年(1631)前橋藩領/寛永11年(1634)幕府領/寛永13年(1636)下総佐倉藩領/寛永18年(1641)幕府領/正保4年(1647)旗本領(牧野氏)/幕府領/元禄11年(1698)相給(旗本牧氏・松下氏)/明治元年(1868)岩鼻県/明治4年(1871)第1次群馬県/明治6年(1873)熊谷県/明治9年(1876)第2次群馬県 |
歴史 |
如意山宝珠寺と号す。本尊は観世音菩薩。▼藤原秀郷の開基で、もとは臨済宗という。縁起に依れば、天正年間末(1590年代初頭)に秀郷の末裔赤堀藤繁が荒廃していた堂宇を再建。その後、慶長五年(1600)前橋藩主平岩親吉の帰依を受けた前橋長昌寺五世揚山永播が中興開基として以降曹洞宗になったという。寺が再興された年には徳川家光から朱印地15石を与えられている。▼境内には藤原秀郷追善供養のため三男田原千国が造立したといわれる凝灰岩製の五輪塔の他、旧寺域から集められた鎌倉~室町時代のものと推定される多数の五輪塔や宝篋印塔の残欠が存在する。 |
伝来 |
曹洞宗 宝珠寺に伝来。 |
数量 |
10 |
年代 |
享保2年(1717)~嘉永7年(1854) |
構造と内容 |
享保2年(1717)6月の「乍恐書付を以奉願候(宝珠寺住持出入)」、安永7年(1778)8月3日の「後桃園天皇綸旨(総持寺住持職)」など住持職の任免に関わる文書、寛政10年(1798)11月の「差上申法景書之事(受業師・法幢師・嗣法師書上)」など嗣法に関係する文書など寺務に関連するものが大部を占める。 |
検索手段 |
『群馬県史収集複製資料』第2集、インターネット検索目録 |
関連資料 |
参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県の地名・日本歴史地名大系10』(平凡社)、『ぐんまのお寺 曹洞宗Ⅱ』(上毛文庫) |
利用上の留意点 |
本資料はマイクロ撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。 |