資料区分 県史複製
請求番号 H81-5-2近世
文書群名 養寿寺文書
伝存地 佐波郡東村(現伊勢崎市)
出所 天台宗 養寿寺
地名 佐位郡国定村(近世~)/佐位郡東村大字国定(明治22年~)/佐波郡東村大字国定(明治29年~)/伊勢崎市国定町(平成17年~)
旧支配 はじめ幕府領/天保9年(1838)上総貝淵藩領/天保12年(1841)幕府領/嘉永元年(1848)前橋藩領/明治4年(1871)前橋県→第1次群馬県/明治6年(1873)熊谷県/明治9年(1876)第2次群馬県
歴史 金城山常楽院養寿寺と号す。本尊は阿弥陀如来。境内に国定忠治の墓があることで知られる。▼寺伝によると、承暦年間(1077~1081)僧円栄により創建され、相応寺と称されたという。現在地の西方約50メートルほどの字古屋敷にあり、寛永三年(1626)火災に遭い焼失したと伝える。▼その後、集落が東西に分かれるのに伴い、東方に移り、太田金山に相対しているので現在の山号になったという。▼安政三年(1856)再度火災に遭い記録などは焼失した。寺には凝灰岩製の善光寺三尊石仏・五輪塔基台、正応六年(1293)銘など5枚の板碑が存在する。▼赤城信仰に深い関係を持つ寺として「赤城御五カ寺」の一つに数えられている。
伝来 天台宗 養寿寺に伝来。
数量 18
年代 永正2年(1505)~明治25年(1892)
構造と内容 文化元年8月の「輪王寺門跡令旨(後住許可)」、天保2年4月の「公儀御触書写(葬式・墓碑他の華美禁止)」など宗門関係の文書のほか、嘉永3年12月21日「書置申一札之事(大戸御所刑場より貰受け埋葬一件)」など国定忠治に関連する文書が存在する。
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第2集、インターネット検索目録
関連資料 参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県の地名・日本歴史地名大系10』(平凡社)、『ぐんまのお寺 天台宗Ⅰ』(上毛文庫)
利用上の留意点 本資料はマイクロ撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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