資料区分 |
県史複製 |
請求番号 |
H88-3-4近世 |
文書群名 |
小野里嘉七家文書 |
伝存地 |
大間々町(現みどり市) |
出所 |
みどり市大間々町塩原・小野里嘉七家 |
地名 |
上野国山田郡塩原村/岩鼻県山田郡塩原村(明治元年)/栃木県山田郡塩原村(明治4年)/群馬県山田郡塩原村(明治9年)/山田郡大間々町大字塩原(明治22年)/みどり市大間々町塩原(平成18年・2006年~現在) |
旧支配 |
初め館林藩領/天和3年(1683)旗本曲淵氏領・能勢氏領の相給/明治元年(1868)岩鼻県/明治4年栃木県/明治9年第二次群馬県 |
歴史 |
村高は、「寛文郷帳」356石余のうち、田方39石余・畑317石余、「元禄郷帳」・「天保郷帳」・「旧高旧領」ともに438石余。慶長3年(1598)の桐生領惣永辻改め帳に「一、永七拾壱貫三百壱文 仁田山八郷之内塩原村」と記されている(『山田郡誌』)。字高松に塩原神社、字下ノ台に貴船神社がある。また、寺院は、字下谷戸に曹洞宗松源寺がある。字下ノ台には穴原の薬師堂(昭和60年旧大間々町史跡)がある。地内に、足尾銅山街道が通っていた時期があり、上神梅村から当村に入る道と塩沢村から当村に入る道があった。ともに当村の南部で合流し、渡良瀬川を渡って二軒在家村に通じていた。幕末の改革組合村高帳によると、当村は大間々町寄場組合に属し、高438余、家数70。 |
伝来 |
みどり市大間々町塩原・小野里嘉七家 |
数量 |
3 |
年代 |
寛文8年(1668)2月~慶応4年(1868)1月 |
構造と内容 |
上野国山田郡桐生領塩原村御縄入水帳 三冊之内(寛文8年)、関東御取締御出役被仰渡之事(天保4年)、差上申書付之写並びに歎願書之写・同差上申書付之写三冊込(鉄炮取扱いに付他慶応4年)がある。 |
検索手段 |
『群馬県史収集複製資料』第1集、インターネット検索目録 |
関連資料 |
参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県姓氏家系大辞典』など |
利用上の留意点 |
本資料は撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。 |