資料区分 県史複製
請求番号 HA-20-3中世
文書群名 矢澤頼忠家文書
伝存地 長野県長野市
出所 長野県長野市 矢澤頼忠家文書
地名 矢澤郷(上田市大字殿城)
役職等 戦国期国衆真田家家臣→近世上田藩・松代藩主真田家家臣
歴史 真田幸隆の弟頼綱が矢澤氏の養子となり、矢澤薩摩守頼綱をなのる。矢沢郷は現在の上田市殿城町矢沢。真田家の吾妻郡平定で先頭に立って働き、一時期は岩櫃城代を勤めた。沼田城攻略に関連し天正9(1581年)2月に武田勝頼から判物を与えられている(638/5)。沼田城代を務め、天正11年には城領200貫を甥真田昌幸から宛がわれている(638/7)。頼綱は後北条氏との最前線で働き、1585年3月14日付で沼田城在番の功労として海野領で1,000貫文を宛がわれている(638/15)。その後、嫡男頼幸(頼康・三十郎・但馬守)が跡を継ぎ、昌幸の子真田信幸(之)に仕え、上田藩士、のち松代藩士となり、子孫は真田家の家老職を代々務める。
伝来 初め上田藩士、のち松代藩士となり、真田家の家老を務めた子孫に伝来した。平成5年に子孫から長野市に寄贈され、長野市松代町の真田宝物館が収蔵している。
数量 20
年代 (天正9年)2月11日~(慶長20年)閏6月2日
構造と内容 戦国の国衆真田昌幸・近世大名真田信之父子に仕えた矢澤薩摩守頼綱・矢澤但馬守頼幸(康)父子に関連する古文書の一部。真田氏の上野国支配関連の古文書を撮影。矢澤薩摩守(頼綱)宛が8点、矢澤薩摩守頼綱・同三十郎(連名)宛が1点、矢澤三十郎宛が3点、矢澤但馬守宛が5点、他に矢澤宛・矢澤忠右衛門宛・矢澤忠兵衛宛が各1点、ある。
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第1集、インターネット検索目録
関連資料 『群馬県史資料編7』・『戦国遺文 真田氏編』(東京堂出版)・『沼田市史 資料編』・『松代』13号(真田宝物館編、平成11年)
利用上の留意点 本資料はマイクロ撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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