資料区分 古文書
請求番号 P9104
文書群名 織間弥平家文書
伝存地 前橋市小坂子町
出所 前橋市 織間弥平家
地名 勢多郡小坂子村/第三大区第三小区勢多郡小坂子村/南勢多郡小坂子村/南勢多郡芳賀村大字小坂子/前橋市小坂子町
旧支配 前橋藩領(平岩親吉、天正18年~)/前橋藩領(酒井忠世、寛永12年~)/前橋藩領(松平朝矩、寛延2年~)/前橋県 (明治4年~)/第一次群馬県(明治4年~)/熊谷県(明治6年~)/第二次群馬県(明治9年~)
役職等 勢多郡小坂子村名主、副戸長、区長など
歴史 村高は、「寛文郷帳」で602石余のうち田方503石余・畑方98石余、「元禄郷帳」も同高。「天保郷帳」791石余、「旧高旧領」は「小阪子村」と表記し791石余。▼天明2年(1782)の人数466・家数125(「芳賀村誌」)。▼村内には、前橋城主となった酒井氏に従属した豪族五十嵐荘左衛門の居城・西原城跡がある。▼明治4年(1871)前橋県、同年群馬県(第一次)を経て、同6年熊谷県、同9年群馬県(第二次)、同11年群馬県南勢多郡に所属。▼「郡村誌」によれば、税地は田地72町3反余・畑地40町6反余・宅地9町2反余・林(旧反別)350町。▼用水に使う湖沼が6か所。道路は、東西に大胡道が、南へ前橋道が通じていた。▼産物は、繭38石余・生糸20貫目・薪300駄で、全て前橋へ売り出す、とある。▼民業については、男が農桑業70戸、採薪を業とする者30戸、女で養蚕・製糸を業とする者200人とある。▼飼育牛馬数は、牡馬38・牝馬27。▼神社は、西新井に八幡神社、諏訪前に諏訪社、下中川に菅原社、向原に神明社、霞谷戸に愛宕社、岩ノ下に熊野社がある。▼寺院は、川畠に真言宗福徳寺がある。
伝来 旧勢多郡小坂子村の織間家に伝来した文書群。2020年度に寄贈された。
数量 52
年代 文化11年(1814)2月 ~ 昭和7年(1932)6月
構造と内容 勢多郡小坂子村名主文書、明治初期の副戸長文書、大正期の区長文書、織間家私的文書などからなる。▼年代別では、近世文書24点(43.6%)、近代文書27点(49.1%)、昭和期文書4点(7.3%)である。▼文書群の内容について、近世名主文書は、村行政関係8点(中丸御林松木伐木等吟味始末書など)、村況・戸口関係3点(人別御改帳など)、土地関係7点(畑方名寄帳など)、貢租関係6点(年貢割付状など)である。▼副戸長文書は、田畑収穫帳と組合等級合計帳の2点である。▼区長文書は、御役小附帳、立替金控帳、雀鳥新溜池入費帳・同人足帳などがある。▼織間家私的文書には、明治36年(1903)芳賀小学校新築費寄附につき木杯1個下賜や勢多郡桂萱村大字下沖の手島善太郎執筆による農業関係書2点などがある。
検索手段 織間弥平家文書目録、インターネット検索目録
関連資料 (参考文献:『角川日本地名大辞典』10[群馬県]、『群馬県の地名』[日本歴史大系10]『上野国郡村誌』、『上野国郷帳集成』など)
利用上の留意点 「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の取扱いに関する要綱」第5条(利用の制限)及び「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の閲覧制限基準」第2(非閲覧文書の指定事項)により閲覧が制限されている文書は本目録から除外した。
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