資料区分 古文書
請求番号 P9106
文書群名 子持村北牧惣代管理文書
伝存地 北群馬郡子持村北牧(現渋川市)
出所 渋川市(旧子持村) 子持村北牧惣代管理
地名 群馬郡牧村/群馬郡北牧村/第九大区第一小区/西群馬郡北牧村/西群馬郡長尾村/北群馬郡長尾村/北群馬郡子持村北牧
旧支配 白井藩領/幕府領/岩鼻県/第一次群馬県/熊谷県/第二次群馬県
歴史 近世には三国街道の宿場であり、金井宿へ18町、横堀宿へ28町。新田宿(人馬・継立荷物を集散)・中宿(問屋本陣・旅籠・商家)・道場宿から成り、継立と泊の機能を有した宿場であった。問屋は伝兵衛家(寺島家)と八郎左衛門家(山崎家)が交互に当たり、ともに本陣をはった。天明3年(1783)の浅間焼けで流死者53名、飢人525名、流出家屋147軒などの甚大な被害がでた。この復興の助言指導と資金の便宜は幕府勘定吟味役根岸九郎左衛門らがはかった。嘉永6年(1853)、字鍛冶谷戸よりの出火で70戸焼失、宿機能停止。復興に560両ほどの経費がかかっている。
伝来 自治会的な組織「北牧惣代」が直接管理し引き継いできた文書の他に、島田家や役場関係文書、地区内の神社関係文書を伝える。
数量 2160
年代 天和元年(1689)~昭和54年(1979)
構造と内容 北群馬郡北牧の北牧惣代に管理されていた複合的な文書群。北牧惣代管理文書は、その収蔵の経緯によって、①島田音七旧蔵史料、②戸長役場および長尾村旧蔵史料、③北牧惣代管理文書、④北牧地区神社関係や旧蔵史料に大別できる。①は、北牧村戸長・惣代長、名主引継文書、俵屋文書(荷継問屋・質屋経営)、水利電機事業(片品川・吾妻川)に関する史料などで構成される。②は、明治初年の北牧村戸長役場旧蔵史料および明治22年の町村制施行以後の4ヵ村連合時代に長尾村役場が旧蔵していた史料である。③は、自治会的な組織である「北牧惣代」が直接管理し引き継いできた文書で、北牧惣代長管理文書、北牧惣代人管理文書、子持山共有地北牧組合文書、北牧青年会・青年義会関係文書、社会福祉協議会史料を含む。④は、明治期~昭和40年代の北牧地区の3つの神社に関わる断片的な史料である。
検索手段 子持村北牧惣代管理文書目録、『群馬県立文書館収蔵文書目録』19、インターネット検索目録
関連資料 島田暢家文書(H30-1-1近現)など。(参考文献:『角川日本地名大辞典』10[群馬県]、『群馬県の地名』[日本歴史大系10]『上野国郡村誌』、『上野国郷帳集成』など)
利用上の留意点 「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の取扱いに関する要綱」第5条(利用の制限)及び「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の閲覧制限基準」第2(非閲覧文書の指定事項)により閲覧が制限されている文書は本目録から除外した。
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