資料区分 マイクロ
請求番号 PF1701
文書群名 冠稲荷神社文書
伝存地 太田市細谷
出所 太田市 冠稲荷神社
地名 新田郡新田庄細谷村/新田郡細谷村(世田郡新田庄細谷村)/新田郡沢野村細谷(明治22年~)/太田町細谷(昭和15年~)/太田市細谷(昭和23年~)
旧支配 館林藩領/幕府領(寛永20年)/旗本筒井氏らの六給と岡部藩領(寛文元年)/岩鼻県(明治元年~)・半原県(明治4年)/栃木県(明治4年~)/第二次群馬県(明治9年~)
役職等 冠稲荷神社は日本七社稲荷の一つとされる。近世の細谷村の村社。
歴史 社伝によれば、天治2(1125)年、新田義重の父源義国の創建とされる。▼社名については、奥州に下向する源義経が承安四(1174)年に宿泊した際の出来事に由来するという。▼俳額・算学・絵馬などが多数ある。中でも、文化11(1814)年に奉納された最上流算学は、同九年に奉納された関流算学二面への学問的挑戦とも考えられており、三面とも県指定重要文化財である。▼近世は細谷村の教王寺(高野山真言宗)が別当寺。▼細谷村は利根川中流左岸の由良台地の南端に位置し、東に蛇川が南流する。幕末の改革組合村高帳では、尾島村寄場組合に属し、高1567石余り、家数57。
伝来 冠稲荷神社に伝来した文書。神楽殿内の木箱に保存されてきた。
数量 3
年代 享保7年(1722)ヵ、明治37~38年(1962~1963)
構造と内容 資料は、享保7(1722)年頃の作成と推定される冠稲荷神社の建物や境内の様子が描かれている絵図(№1)と日露戦争関係の文書。
検索手段 冠稲荷神社文書目録、インターネット検索目録
関連資料 (参考文献:『角川日本地名大辞典』10[群馬県]、『群馬県の地名』[日本歴史地名大系10]『上野国郡村誌』、『上野国郷帳集成』など)
利用上の留意点 原文書(P9605)の返還にともない、複製資料(写真)を閲覧に供するものである。
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