資料区分 マイクロ
請求番号 PF0209
文書群名 吾妻郡中之条町 関善平家文書
伝存地 中之条町四万
出所 吾妻郡中之条町 関善平家
地名 吾妻郡四万村(近世)/吾妻郡沢田村大字四万(明治22年~)/吾妻郡中之条町大字四万(昭和30年~)
旧支配 沼田藩領(天正18年~)/幕府領(天和2年~)/岩鼻県(明治元年~)/第一次群馬県(明治4年~)/熊谷県(明治6年~)/第二次群馬県(明治9年~)
役職等 四万村名主・年寄、積善館経営、沢田村消防組組長
歴史 四万は三国山系の山々に囲まれ、南北に細長く延びる山間地に位置し、その中央を四万川が流れている。▼村高は「寛文郷帳」では224石余(田方9石余・畑方215石余)で圧倒的に畑作に依存していた。貢租は米13石・永59貫余文、小物成として夫銭・薪役・漆年貢・林年貢などがあり、これも山稼ぎに多くを依拠していたと考えられる。「元禄郷帳」では313石余となっている。▼関家は、元禄年間に4代目か5代目の善兵衛が湯宿を開業して以来300年以上続く老舗旅館(積善館)であり、当主は「善兵衛」を代々襲名して続いた(明治期からは善平)。
伝来 平成15(2003)年に撮影。
数量 347
年代 寛永6年(1629)~昭和19年(1944)
構造と内容 347点の文書群で、近世170点(49.0%)、明治期30点(8.6%)、大正期50点(14.4%)、昭和期25点(7.2%)、年代不詳であるが近代のもの60点(17.3%)からなる。▼近世文書は、村政に関するものとして「検地水帳」「高反別小前帳」「宗門人別改帳」「年貢取立帳」「村入用帳」「御用留」などがある。当地の生業に関しては、山間部の地域であるため山稼ぎ(炭焼き・伐木売)等の史料が多く見られる。その反面温泉に関する史料は比較的少なく、湯宿が守るべき規約(No238)や、湯銭に関する史料(No232/241)などで、関家の私的文書としては湯宿建設のための金子証文数点などである。このことから、近世期には温泉の比重がさほど大きくなかったものと思われる。▼近代文書の大半は沢田村の消防組に関する記録で、組員の任免や褒賞・組の予算決算・出火報告などや、組員の守るべき規律・服装規定・消火訓練方法といったものが事細かに記録されている。また、消防組と結び付きが強い警察署との連絡文書も多数残されている。▼関家の旅館に関する史料としては、滞在客からの礼状(No243は後藤新平からのもの)や、滞在客が旅の思い出として揮毫した宿帳(No262)が残されており、多くの文人墨客が積善館を訪れていたことがわかる。
検索手段 関善平家文書目録、インターネット検索目録
関連資料 当館所蔵の県史複製資料に、同家文書「関善平家文書」(H60-4中世)、同じ四万地区の文書として「中之条町役場文書(四万村)」〔H60-1-4(10)近世〕がある。▼また、近隣地区の文書として「関茂三郎家文書」(P0104・中之条町上沢渡)等。(参考文献:『角川日本地名大辞典』10[群馬県]、『群馬県の地名』[日本歴史大系10]『上野国郡村誌』、『上野国郷帳集成』、『中之条町誌 資料編』など)
利用上の留意点 「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の取扱いに関する要綱」第5条および「群馬県立文書館における特定歴史公文書等以外の文書の閲覧制限基準」第2(非閲覧文書の指定事項)により閲覧が制限されている文書は本目録から除外した。
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