資料区分 古文書
請求番号 P09705
文書群名 多野郡中里村神ケ原(現神流町)
伝存地 多野郡中里村神ケ原(現神流町)
出所 多野郡神流町神ケ原(旧中里村) 岩崎家
地名 甘楽郡神原村(かがはらむら)(近世)/南甘楽郡神原村(明治11年~)/南甘楽郡中里村神ケ原(明治22年~)/多野郡中里村神ケ原(明治29年~)/多野郡神流町神ケ原(平成15年~)
旧支配 幕府領/岩鼻県(明治元年~)/群馬県(明治4年~)/熊谷県(明治6年~)/群馬県(明治9年~)
役職等 不明
歴史 神ケ原(かがはら)は神原とも書く。神流川流域に位置する。支流である東福寺川に沿う低地に森があり、神窪と称し神々を祀っていたが、洪水により流失し、字原に移したので神ケ原と称するようになったという。▼近世は幕府領となり、山中領中山郷のうちの一村として見える。▼村高は「寛文郷帳」で畑方56石余、「元禄郷帳」で157石余、「天保郷帳」でも同高。幕末の改革組合村高帳では高157石余、家数105とある。▼桑と楮を主要な商品作物として栽培し、生計は養蚕と紙漉きに頼ったという。▼神ケ原の岩崎姓は、慶長元年(1596)没の斎藤馬之守(右馬頭か)を先祖とするといい、元和元年(1615)の大坂夏の陣以後に甘楽郡から落人として流れてきて土着したと伝わる。近代以降、岩崎平七・岩崎貞雄は中里村長を務めた。
伝来 多野郡神流町神ケ原(旧中里村)の岩崎家に伝来。
数量 3
年代 明治35年(1902)7月~明治35年(1902)12月
構造と内容 岩崎平蔵氏の葬儀から新盆までの香奠帳3冊。
検索手段 岩崎安男家文書目録、インターネット検索目録
関連資料 参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県姓氏家系大辞典』。また、神ケ原村に関連する当館収蔵資料として、神ケ原区有文書(H44-1-1近現)、神ケ原母の会文書(H44-1-3近現)、神原茂雄家文書(H44-1-3近現)がある。
利用上の留意点 特になし
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