資料区分 県史複製
請求番号 H4-3中世
文書群名 園田良家文書
伝存地 太田市
出所 太田市吉沢町
地名 上野国山田郡吉沢村/栃木県山田郡吉沢村(明治4年)/群馬県山田郡吉沢村(同9年)/山田郡毛里田村大字吉沢(明治22年)/太田市大字吉沢(昭和38年)、その後太田市吉沢町
旧支配 初め館林藩領/寛永20年(1643)幕府領/正保2年(1645)館林藩領/天和2年(1682)旗本佐野・近藤・小田切氏の3給/貞享3年(1686)一部を幕府領/寛保3年(1743)上総国久留里藩領となり、旗本近藤・小田切氏との3給/幕末期は太田町寄場組合に属す/明治元年(1868)岩鼻県/同4年栃木県/同9年第二次群馬県
歴史 【吉沢】地名は、山麓部の小沼沢地にある芦沢からの転訛か(『山田郡誌』)。字萩原と反丸に鎌倉期~室町期造立の名号塔婆が計3基ある。吉沢は、薗田荘および薗田御厨の中心地域と推定される。御厨は、内宮外宮二宮領で久寿3年(1156)の建立。住吉神社ほかに、康安元年(1361)・応永6年(1399)・同27年・文禄3年(1594)銘の宝筺印塔や五輪塔計5基がある。
伝来 園田良家
数量 36(簿冊2)
年代 大永元年(1521)10月22日~明治40年(1907)8月15日
構造と内容 №94/23「由良成繁判物(那波領の戦にて戦功に付50貫文宛行)」〔大永元年10月〕、№93/20「由良成繁判物(那波境の戦にて戦功に付50貫文加増)」〔天文10年4月〕、№94/27「大館晴光副状写(将軍より鉄炮下付の伝達)」〔(天文22年)5月〕、№94/29「大館晴光副状写(馬進呈に感謝の伝達)」〔(天文22年)5月〕、№94/28「大館晴光副状写(滞在中の馳走感謝の伝達)」〔(永禄元年)10月〕、№93/21「北大路任宣書状写(口宣案下付の件)」〔(永禄5年)10月〕、№94/26 「〔丸山郷名主申付け状〕」〔寛永9年2月〕、他
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第1集、当館インターネット検索目録
関連資料 『太田市史 史料編 中世』、『山田郡誌』など(参考文献:『角川地名大辞典 10 群馬県』、『上野国郡村誌 15 新田郡』など)
利用上の留意点 本資料は、マイクロ撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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