資料区分 県史複製
請求番号 H8-1-1近世
文書群名 大戸貞之家文書
伝存地 藤岡市相生町
出所 藤岡市 大戸貞之家
地名 緑野郡藤岡町(近世)/多野郡藤岡町(明治29年~)/藤岡市藤岡(昭和29年~)
旧支配 芦田氏領(天正18年~)/幕府代官豊島十左衛門支配(慶長6年~元和5年)/酒井雅楽頭氏領(元和5年~寛延2年)/幕府代官伊奈半左衛門支配(寛延2年~宝暦2年)/松平大和守氏領(宝暦2年~明和4年)/幕府代官前沢藤十郎支配(明和5年~安永3年)/旗本水上氏領(安永3年~慶応4年)/岩鼻県(明治元年~)/群馬県(明治4年~)/熊谷県(明治6年~)/群馬県(明治9年~)
役職等 藤岡町名主
歴史 大戸家は、江戸時代末期に藤岡町の名主役を務めたほか、星野兵四郎らと共に旗本水上氏の御勝手元〆役を務めた家である。▼また大戸甚右衛門元貞が天保11年(1840)書写した「代々留記」によれば、同家は小幡・高崎・七日市三藩の御用達として藩の財政面を支えるほどの大商人でもあった。
数量 253
年代 永禄元(1558)年~昭和5(1930)年
構造と内容 年代のわかる最も古い文書は、永禄元(1558)年の「上州群馬郡箕輪城主長野信濃守業政之家臣*写」、次いで享保18(1733)年の「しち物畑手形之事(下畑合1反7畝15歩、金23両、3年季)」である。ただ、具体的な年代が明記されていない文書が半数以上を占める。▼領主の旗本・水上家からの諸通知、高崎藩・小幡藩・七日市藩の御用留記などがある。▼加藤清正の書状、新島襄の書簡もある。
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第2集、インターネット検索目録
関連資料 同家に関する当館所蔵資料は、マイクロ収集文書「藤岡市相生町大戸家文書」(PF8410)がある。また、同じ藤岡市の別の大戸家の文書として、原本「大戸文治郎家文書」(P8601)がある。(参考文献:『角川日本地名大辞典』10[群馬県]、『群馬県の地名』[日本歴史大系10]『上野国郡村誌』、『上野国郷帳集成』など)
利用上の留意点 本資料は撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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