資料区分 県史複製
請求番号 H14-2-1近世
文書群名 茂木区有文書
伝存地 大胡町大字茂木(現前橋市)
出所 前橋市茂木町
地名 上野国勢多郡茂木村/岩鼻県・岩槻県、群馬県勢多郡茂木村(明治4年)/熊谷県勢多郡茂木村(明治6年)/群馬県勢多郡茂木村(明治9年)/南勢多郡茂木村(明治11年)/南勢多郡大胡村大字茂木(明治22年)/勢多郡大胡村大字茂木(明治29年)/勢多郡大胡町大字茂木(明治32年)/前橋市茂木町(平成21年・2009年~現在)
旧支配 初め大胡藩領/元和3年(1617)前橋藩領/明和5年(1768)幕府領/安永7年(1778)前橋藩領/天保14年(1843)幕府領・旗本倉橋氏領/弘化3年(1846)旗本倉橋氏領・武蔵国岩槻藩領/明治元年(1868)岩鼻県・武蔵国岩槻藩領/明治4年岩鼻県・岩槻県、第一次群馬県/明治6年熊谷県/明治9年第二次群馬県
歴史 大胡城に牧野氏が入っていた頃、当地は大胡城下の武家地になっていた。村高は、「寛文郷帳」474石余のうち田方223石余・畑方250石余、「元禄郷帳」521石余、「天保郷帳」・「旧高旧領」ともに791石余。寺院は、曹洞宗長興寺がある。天正18年(1590)稲垣平右衛門の開基、僧天室伊尭の創建と伝えられ、4支院があったという。「旧高旧領」には村内に40石、堀越村に10石の寺領が記載されている。この他、天台宗円城寺・竜性寺があった。神社は、勢田神社・八幡社がある。幕末の改革組合村高帳では、二之宮寄場組合に属し、寺領を除いて、高751石余・家数63。
伝来 前橋市茂木町
数量 38
年代 天和2年(1682)4月~明治3年(1870)3月
構造と内容 上野国勢多郡之内茂木村水帳 壱冊(元禄13年)、不斗出者取調御書上帳(天保7年)、乍恐以書付御届奉申上候(大風雨にて難渋に付、元治元年)などがある。
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第1集、インターネット検索目録
関連資料 参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県姓氏家系大辞典』など
利用上の留意点 本資料は撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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