資料区分 県史複製
請求番号 H16-12-1近世
文書群名 恩田敏夫家文書
伝存地 粕川村(現前橋市)
出所 前橋市粕川町一日市  笠原家
地名 勢多郡一日市村/南勢多郡一日市村(明治11年)/南勢多郡粕川村大字一日市(明治22年)/勢多郡粕川村大字一日市(明治29年)/前橋市粕川町一日市(平成16年)
旧支配 初め大胡藩領/元和4年(1618)前橋藩領/明和4年(1767)幕府領/寛政2年(1790)陸奥国泉藩領/明治4年(1871)泉県、第一次群馬県/明治6年熊谷県/明治9年第二次群馬県
歴史 村高は、「寛文郷帳」62石余で、うち田方9石余・畑方52石余、「元禄郷帳」62石余、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに77石余。文化9年(1812)の「赤城山入会伐木出入訴状」(『群馬県史 資料編13所収』)、慶応3年(1867)の「赤城山御囲い立木につき議定書」(『同前』)によると、名主は隣接する下東田面村の陸奥国泉藩領の名主と兼帯であったことがわかる。神社は、稲荷神社があった。
伝来 前橋市粕川町一日市  笠原家
数量 10
年代 寛政2年(1790)7月~文久元年(1861)3月
構造と内容 御條目写(本多弾正大弼条目、寛政2年)、万染物覚帳(天保10年~天保15年)、諸食搗挽控帳(嘉永5年)などがある。
検索手段 『群馬県史収集複製資料』第1集、インターネット検索目録
関連資料 参考文献:『角川日本地名大辞典10群馬県』、『群馬県姓氏家系大辞典』など
利用上の留意点 本資料は撮影による収集資料であり、閲覧は焼付製本による。
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